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戦国sengoku之蔵

link 戦国期の人々の墓(供養塔)

戦国期の人々の墓(供養塔)

5 years ago

March 6, 2009
photo 上杉謙信の墓
戦国の神将で自らを毘沙門天の化身と信じ、出陣した合戦は全て負けることがなかったという。長尾為景の子で国内の豪族たちの統制力に欠けていた兄晴景を隠居させ越後国主に。かつては敵であった上杉憲政から頼られて関東管領職を譲られ、長尾景虎改め将軍義輝の一字を頂き上杉輝虎を名乗る。義戦に明け暮れた生涯を送るも日頃の大酒が災いして病死した。写真は新潟県上越市の林泉寺にある謙信の墓で、手前の小さい方が当時からのものという。他に同県栃尾市の栃尾市美術館前庭・山形県米沢市の林泉寺上杉家廟所・和歌山県高野山奥の院などにも廟所や墓がある。法名は「不識院殿真光謙信法印大阿闍梨」。

上杉謙信の墓

戦国の神将で自らを毘沙門天の化身と信じ、出陣した合戦は全て負けることがなかったという。長尾為景の子で国内の豪族たちの統制力に欠けていた兄晴景を隠居させ越後国主に。かつては敵であった上杉憲政から頼られて関東管領職を譲られ、長尾景虎改め将軍義輝の一字を頂き上杉輝虎を名乗る。義戦に明け暮れた生涯を送るも日頃の大酒が災いして病死した。
写真は新潟県上越市の林泉寺にある謙信の墓で、手前の小さい方が当時からのものという。他に同県栃尾市の栃尾市美術館前庭・山形県米沢市の林泉寺上杉家廟所・和歌山県高野山奥の院などにも廟所や墓がある。法名は「不識院殿真光謙信法印大阿闍梨」。

5 years ago

March 6, 2009
photo 紙本著色 上杉謙信並二臣像
常安寺は、上杉謙信が少壮の頃栃尾に在城した当時からのゆかりの深い寺です。この画幅は、天正2年(1574)法印大和尚となった頃の謙信と二人の家臣の姿を描いたものといわれています。法衣に金らん袈裟をつけ、右手に扇、左手に数珠を持ってとう上床几(とうじょうしょうぎ)に安座しているのが入道謙信です。前に卓子があって三古杵(さんこしょ)、鈴、花瓶、燭台をおき、かたわらに水瓶をおく。袴をつけ、左右に向い合ってひぎまづく二人の家臣は、盃をのせた三宝を片手に酒注を持って膝行(しっこう)するのが直江山城守、太刀を持って正座しているのが鬼小島弥太郎と伝えられています。天地を上下に分けて使った構図は、真言宗祖師像形式によるものであり、待臣を左右の前に配する構成も仏画にならったもので、室町時代武将肖像画の通例形式をふんでいます。この画の製作年代は慶長以前といわれ、彩色は今なお生き生きとしています。

紙本著色 上杉謙信並二臣像

常安寺は、上杉謙信が少壮の頃栃尾に在城した当時からのゆかりの深い寺です。
この画幅は、天正2年(1574)法印大和尚となった頃の謙信と二人の家臣の姿を描いたものといわれています。法衣に金らん袈裟をつけ、右手に扇、左手に数珠を持ってとう上床几(とうじょうしょうぎ)に安座しているのが入道謙信です。前に卓子があって三古杵(さんこしょ)、鈴、花瓶、燭台をおき、かたわらに水瓶をおく。袴をつけ、左右に向い合ってひぎまづく二人の家臣は、盃をのせた三宝を片手に酒注を持って膝行(しっこう)するのが直江山城守、太刀を持って正座しているのが鬼小島弥太郎と伝えられています。
天地を上下に分けて使った構図は、真言宗祖師像形式によるものであり、待臣を左右の前に配する構成も仏画にならったもので、室町時代武将肖像画の通例形式をふんでいます。
この画の製作年代は慶長以前といわれ、彩色は今なお生き生きとしています。

5 years ago

March 6, 2009
photo 戦国無双 上杉謙信

戦国無双 上杉謙信

5 years ago

March 6, 2009
photo 正子公也作 上杉謙信

正子公也作 上杉謙信

5 years ago

March 6, 2009
photo 越後の龍・上杉謙信が馬上から踊りかかるまさに一瞬を造形化しました。 謙信もその才能を認めた武田信玄とは、互いに好敵手として、有名な川中島の戦いで五度も戦いを繰り広げました。互いに敵の強さを認め、損害を避けるため正面からの激突を避けていましたが、ただ一度、第四次川中島では正面からの大激突となり、謙信と信玄の一騎打ちがあったと伝えられています。その八幡原での一騎打ちを元に謙信を造形化したものです。 上杉謙信は大変武勇に優れ、自ら戦の先頭に立ち戦ったと言われています。上杉の刀の特徴であるつばが無い、細く反った刀の特徴まで忠実に再現し、まさに今信玄に躍り掛かろうとする一瞬を、馬の動きも一体となって捉えています。 甲冑、折れ烏帽子の兜など、貴重な現物資料で研究を重ね、忠実に再現しました。

越後の龍・上杉謙信が馬上から踊りかかるまさに一瞬を造形化しました。 謙信もその才能を認めた武田信玄とは、互いに好敵手として、有名な川中島の戦いで五度も戦いを繰り広げました。互いに敵の強さを認め、損害を避けるため正面からの激突を避けていましたが、ただ一度、第四次川中島では正面からの大激突となり、謙信と信玄の一騎打ちがあったと伝えられています。その八幡原での一騎打ちを元に謙信を造形化したものです。 上杉謙信は大変武勇に優れ、自ら戦の先頭に立ち戦ったと言われています。上杉の刀の特徴であるつばが無い、細く反った刀の特徴まで忠実に再現し、まさに今信玄に躍り掛かろうとする一瞬を、馬の動きも一体となって捉えています。 甲冑、折れ烏帽子の兜など、貴重な現物資料で研究を重ね、忠実に再現しました。

5 years ago

March 6, 2009
photo 戦国ランス 上杉謙信

戦国ランス 上杉謙信

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March 6, 2009
photo 戦国ランス 上杉謙信

戦国ランス 上杉謙信

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March 6, 2009
photo 戦国ランス 上杉謙信

戦国ランス 上杉謙信

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March 6, 2009
photo 戦国ランス 上杉謙信

戦国ランス 上杉謙信

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March 6, 2009